スマートステーション実験棟を見学させていただいた後、研究所の在り方や方向性、今後の展開などを中川さん、松本さんにうかがいました。(インタビュー文中敬称略)
●見学させていただいたこの研究所はいつ頃から稼働しているのでしょうか? また、研究所の目的は何でしょうか? 〇中川 2010年にスマートステーション実験棟ができ、2012年から実験を開始しました。 ここでは駅に関わるさまざまなアイデアを試作していますが、それらを実際の駅に持ち込んで試行錯誤しながら調整するというわけにはいきません。 ですので、事前にここでトライ・アンド・エラーを重ね、駅でフィールド試験をした後に実導入の可否を問うのです。 先程、研究施設でテスト機器をいろいろご覧いただきましたが、このようにアイデアを具現化して実際に動くものとして見せることが重要です。 JRの営業スタッフや現場スタッフもモノがないとイメージがわかないことが多いので、まずはつくってしまいます。それで初めて同じ土俵で意見交換ができる状況になるのです。 ●具現化するアイデアというのは、こちらの研究所の中で出し合うことが多いのですか? 〇中川 それはケース・バイ・ケースです。 我々はICT(IT)関係のグループなので、情報提供、情報技術を使ったものが多いのですが、例えば、「こういうことをやりたい」という思いでずっとやってきている例もありますし、 メーカーの方々と話し合っているときに突然アイデアが出てくることもあります。 たとえば「かみしるべ」は後者の方です。 あとは本社から「外国のお客さまにわかりやすいような情報提供の仕方はないか」とか、 「のりかえに便利なものをつくってほしい」等のニーズを具現化していくケースもあります。 〇松本 「トレインネット」(車両内での個人向け情報提供)は、私が「こういうことをやりたい」と思って始めた研究です。 『フロンティアサービス』という名前がついている研究所ですので、その名前に恥じないような成果を出していきたいですね。 アラン・ケイという科学者が言った「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」を実践できればな、と。(笑) 〇松本 我々は技術を開発しているというより、技術をいかにうまく活用できるかを考えています。 ●ちなみにうかがいますが、駅利用者の要望やクレームが基になってできたシステムはあるのでしょうか? 〇中川 お客さまからは日々沢山のご意見やご要望をいただいておりますので、どのシステムも基になっていると言えると思います。 お客さまのご意見に対して、我々として最適と考える技術や方法で応えていきます。 技術革新は顕在化しているお客さまの声に対して一対一で作られたものというより、お客さまの潜在的な要望にどういう形で応えるかによると思っています。 〇松本 お客さまからのご意見の収集・分析は、本社にあるサービス品質改革部というサービス全般を束ねる部署が行い、 随時研究所に情報が入ってきます。 かつて、「異常時の情報がわかりにくい」、「電車がどうして遅れているのかわからない」というお客さまのご意見に対して、 LEDの文字情報をより分かりやすくするために液晶画面上に絵として表示するシステムを試作しました。 その試作システムは現在、駅の改札付近に設置されている「異常時案内ディスプレイ」として導入されています。 ●研究所として、最終的な目標あるいは着地点をどこに設定しているのか、 あるいは着地点はなく、ずっと技術革新をしていくという概念のもとで研究されているのかをお聞きしたいと思います。 〇中川 それはなかなか難しい話ですが、会社としては中期経営目標を定めているので、研究所もそれに従っています。 例えば2020年に向けて何をやるかという目標は設定してあります。 ですが、それとは別にいつも僕らが話しているのは、最終形の理想として「どこでもドアがある」ということができたらいいな、と思っています(笑)。 それは行き過ぎかもしれませんが、「お客さまが一人でも楽しく移動できるような駅空間、車両空間をつくりたい」という共通認識はありますね。 ●電車に乗ることが楽しめるというのが一番ですね。 〇松本 電車に乗る目的も変わってくるかもしれないですね。 今までは、お客さまを目的地まで安全に安心な状態でお連れするのが電車の最大の使命だったわけですが、 もしかしたらそれだけじゃない、電車そのものが楽しいとか、あるいは、きょうは暇だから電車に乗って一日過ごしてみようとか、 新たな使い道として鉄道の役割が出てくるのではないかと思ったりしています。 ●いいですね。夢がふくらみますね。 〇松本 そうですね。鉄道にはまだまだいろいろな可能性があると思います。 ●次に、この実験施設で機器を拝見させていただいた中で気付いた点をいくつかお伺いします。 ●まずは、ユニバーサルデザインに対してはどのようにお考えでしょうか? 〇中川 ユニバーサルデザインへは最大限配慮しているつもりですが、プロのデザイナーの方々と話をしたり、実際に駅で話をしたりするとさらに気付く部分も多くあります。 例えばタッチパネル式の案内板では、子供など上のほうに手が届かない場合はどうするかとか、そうしたことは気を配っています。 また、色盲の方の見え方等については、専用のソフトウェアを使って確認することもあります。 ●色に関しては、JRの場合は路線でカラーが決まっていると思いますが、展開するにあたり何か問題はありましたか? 〇中川 実導入に際しては、色弱の方を呼んでそれを見ていただき、アンケートをとるという形をとっています。 しかしながら利用者の大多数は健常者ですから、まずは健常者の方がわかりやすくすることが命題です。 ●確かに、ユニバーサルデザインに寄り過ぎてしまうと、色使いにも制限がでてきたり、デザインが不自由になる可能性もある、美観が損なわれていっては元も子もありませんよね。どういう方向性で行くのか、誰を対象とするのかの前提条件を最初に設定する必要がありますね。デザイナーとしては実用性だけではなく、デザイン性も同じくらい大切にしたい部分だと考えています。 ●プロダクトのデザインについはいかがでしょうか? デザインはどのように決められていくのですか? よく駅の中で、筐体がところどころ違うものを見かけますが、今後は統一していく方向へ進んでいくのか、もしくは駅ごとにそれぞれの施設の個性を出していくのか、お答えできる範囲でお聞かせください。 〇中川 なるほど。これは結構難しいことですね。 ●たとえば東京駅と新宿駅のデザインは全然違いますよね。 エリア特性みたいなものにデザインを合わせるというのも味があっていいと思いますが。 サインについて言えば、仮にA、B、Cといくつかのエリアがあったら、AとBとCの筐体は違うデザインでも、掲出される情報が共通化されていれば良いという考え方もあるし、 筐体まですべて共通化する考え方もあると思います。 どちらが良くてどちらがダメということではないと思いますが、そういう例があれば教えてください。 〇中川 ものによっていろいろ違いますね。 案内サインの話で言えば、やはり共通化を目指しています。 お客様は『駅→列車→駅』とシームレスに利用されるので、色味や形状などがバラバラだと、わかりづらく迷ってしまうかもしれない。 そういう場合は統一しておくべきだとしています。 また、JRでは「案内サインマニュアル」は頻繁に改訂されています。 もちろん改訂される場合は本社でプロセスを経て進められています。 〇中川 しかしながら、統一性がわかりやすさにつながるとはいえ、その地域に根ざしたデザインもどう展開するかも課題であるとは思います。 もちろんコストのことを考えれば、画一的にプラスチック成形されたものを設置するのが一番経済効率はよいのですが、 そこをどう考えるかは、駅利用者である地元の方々との協議も必要かもしれませんね。 ●実際にデザインをしている人について教えてください。 たとえば、外部デザイナーを起用している事例はあるのでしょうか? あるとすればデザイナーを選ぶ基準についても教えてください。 〇中川 フロンティアサービス研究所では、以前はシステムエンジニアと直接相談しながらものづくりを進めていました。 その場合モノ(情報システム)は確かにできてくるのですが、何か今ひとつピンとこないものになってしまうことが多かったのです。 それで何年か前から、必ずデザイナーに初期段階から一緒に入っていただき、開発を進めていくように路線変更しました。 ですから外部デザイナーの方に入っていただくことは、我々は強く主張しています。 実際そういった方々と、お客様がどのようなシチュエーションでどのような情報が欲しいのか、というところから議論をし、ものづくりを進めています。 また、選定の条件としては、公共のデザインを行なっている会社であること、個人事務所ではなくて多くのスタッフがいるところとしています。 その後は、話し合いの中で、この人はいいなと思ったら長くお付き合いしますし、ちょっとこれは、と思ったらその場限りとなることもあります。 こればかりは一緒に仕事をしてみないとわからないですからね。 ただし、例外としては、たとえば新幹線のE6系のデザインなどは、本社で「こういうものをつくりたいから、こういう有名なデザイナーにお願いしよう」という考えのもとで決まります。 ●わかりました。それでは次に車両内の情報デザインについてお伺いしたいと思います。 〇中川 車両内の情報提供というのは、大きく分けて列車の運行に関わるものと広告やエンタメなどのマーケティングに関するものの二種類があります。 当社の車内には、「トレインチャンネル」というデジタルサイネージがドア上に設置されていますが、 鉄道関連の情報と、マーケティング関連の情報を明確に分けて提供する仕組みにしています。 〇松本 「トレインネット」でもこの2つの情報をわかりやすく分けたデザインになっています。 それに加え、溢れている情報を場所や時間、進行方向に応じていかに絞り込むかということも意識しています。電車に乗ったら、インターネットで調べるよりも「トレインネット」で情報を見ていただければ欲しいものがスムーズに取れる、ということをめざしています。 具体的には、どの駅に向かっているのか、どの電車に乗っているのか、今何時なのかという基礎情報を基に、お客さまに「次は渋谷です。渋谷で今こんなことをやっていますよ」とか、「渋谷でこういう電車に何時何分に乗り換えられますよ」「5分遅れていますよ」といったタイムリーな情報提供をできるようにしています。 今後は情報を増やすのではなく、溢れかえった情報の中で、いかに最適なものを抽出し編集して提供していくかという『キュレーション』が重要になると思います。 〇中川 そしてデザインやインターフェースもそうですが、マーケティングとしての仕掛けも重要なので、必ずできたものに名前をつけています。 「かみしるべ」とか、「トレインネット」「JR×AR」などがその例です。 これはお客さまにわかっていただくと同時に、JR社内でも浸透させる必要があるからです。 ●最後に、乗客の方に対するサービス以外の観点で思いを持っていらっしゃることがあればお聞かせください。 〇中川 (あくまで個人的な意見ですが) 我々インハウスの研究者として、できれば日本標準、もしくは世界標準を目指していきたいという思いがあります。 例として、以前我々が作った異常時案内用のディスプレイはかなり日本標準になってきています。 JR東日本で最初に導入をして、その後他企業や地下鉄が採用し、普及しつつあります。 これは新しい鉄道の情報提供の形をつくれたのではないかと自負していることです。 今後はさらに海外で表示を見たら「あれは我々がつくったものだ」ということになればいいなと思っています。 スマートステーションの実験導入後も、フランスやドイツなどの鉄道会社の人が見学に来ているので、その時はできるだけ我々が出て話すことで情報提供したり、交流したりすることを心がけています。 ですから目標は「世界標準」をつくることですね。 〇松本 あとは、情報サービスに携わっているので、「シームレス」がキーワードですね。 JR東日本の事業エリアである車両・駅でのお客さまとのコミュニケーションをよりスムーズにしていきたい。 さらに将来は車両・駅から街へとつながって、都市全体でのコミュニケーションをデザインできるようになれればいいなと思っています。 情報を軸にしながら、どうしたら街の人たちに便利で気持ちのいい生活を送っていただけるかを考えたいです。 当社には、さまざまな部署があるので、将来的には駅を中心に盛り上げていくようなトータルな街づくりまでご提供できるのではと思っています。 ●それはぜひ期待したいですね。 ●中川さん、松本さん、本日は長時間にわたりご協力ありがとうございました。お二人の情熱的なお話に感嘆してしまいました。研究者というと真面目で冷静な方なのかと勝手に想像していたのですけれど。(笑) アイデアを考えるのは、いろいろな柔軟性が必要ですよね。 〇中川 そうですね。それに我慢も必要ですね。(笑) 「出るまで待つ」という。 例えば明日出るかもしれないし、1年後かもしれない。 ですから、何となく良さそうだけど、今ひとつだというアイデアはとりあえず転がしておいて、それがうまく技術とつながるチャンスを待ちます。 研究開発してまだ眠っているものを出世させてあげたいですね。 スマートステーションから実際の駅へと。 ●自分の子どもが巣立っていく感じですね。(笑) 企画:SDA広報委員会 インタビュアー:井原由朋 編集構成:小林丈豊 宮崎桂 撮影:小林丈豊 峰朗展 協力:松渕泰典(関東地区会員 株式会社新陽社) 日時:2012年10月15日 場所:JR東日本研究開発センター・フロンティアサービス研究所にて取材 #
by sda-interview
| 2012-12-03 17:59
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